近年、インフラ設備の老朽化が進み、安全かつ効率的な点検の必要性が高まっています。これまで点検は人が直接行うことが主流でしたが、高所や危険な場所での作業には常にリスクが伴いました。また、広範囲の点検には時間とコストがかかるという課題もあります。
このような背景の中、注目されているのがドローンを活用した点検です。ドローンは遠隔操作で飛行し、カメラやセンサーを使って構造物の状態を詳細に把握できます。特に、橋梁やトンネル、ダム、送電線などのインフラ設備点検において、その有効性が認められています。
こちらでは、インフラ点検におけるドローン活用の現状とメリット・課題についてお伝えいたします。
目次
人の目による目視点検の強みと課題

老朽化する社会インフラの安全確保は、国や自治体、民間事業者にとって喫緊の課題です。橋梁やトンネル、ダムといった重要構造物は、人の目による目視点検を中心に維持管理が行われてきました。しかし、インフラの高齢化が進む一方で、熟練技術者の不足や作業員の高齢化が深刻化しており、これまでの手法だけでは持続可能な管理体制の構築が困難になりつつあります。
メリット
即時性・速報性
異常を発見した場合、その場で損傷・劣化状況を記録に残して管理者への迅速な報告が実施できます。データの解析や処理を待つ必要がないため、災害時や緊急点検において特に有効です。
柔軟な判断能力
現場の環境や構造物の経年劣化は千差万別であり、標準化されたマニュアルやセンサー情報だけでは判断が難しいケースも多々あります。熟練技術者は、豊富な経験と知識に基づき、ひび割れの微細な形状変化、変色の度合いを総合的に判断します。こうした人ならではの現場力が強みです。
詳細な現地調査が可能
気になる箇所に直接近づいて詳細確認したり、触診や振動のチェックをしたりなど多様な調査ができるため、より正確な評価につながります。
低コストでの導入が可能
特別な機材が不要なため、初期費用を抑えて点検を開始できるのも魅力です。
デメリット
主観性の問題
点検員のスキルや経験、感覚に依存するため、同じ現象でも評価に差が生じやすく、判断のばらつきが発生します。
記録の非網羅性と非定量性
異常がある場所のみを重点的に記録する傾向が強く、全体の状態を網羅的に記録・保存することが難しいです。また、ひび割れの幅や深さといった数値的評価が困難なため、長期的な変化の定量的把握が難しくなります。
安全面・効率面の課題
高所や狭隘な場所、危険な環境では、足場や高所作業車などの準備が必要で、時間やコストがかかるほか、点検員の安全確保も大きな課題です。
人材育成の負担
熟練点検員を育てるには長い経験と教育が必要で、人手不足が慢性的な問題となっています。
広範囲の効率的な点検が困難
特に広大なエリアや多数の構造物を持つインフラでは、人力による点検は時間がかかりすぎるため限界があります。
経年変化の正確な追跡が難しい
過去の状態と比較しながら変化を追うには詳細な記録が必要ですが、目視点検ではこれが十分でないことが多いです。
こうした点を踏まえ、人の目による点検は依然として重要ですが、最新技術との組み合わせが望まれています。
ドローンと画像解析による点検の強みと課題

近年、インフラ点検の現場ではドローンによる高精度な画像撮影とAIを活用した画像解析が急速に普及しています。これは、従来の人の目による目視点検の限界を補い、安全性や効率性の向上、さらには点検品質の平準化を実現する新たな手法として注目されています。
ドローンは、作業員が容易に立ち入れない高所や狭隘部、危険箇所にもアクセスでき、短時間で広範囲の構造物を撮影可能です。撮影データは専門家やAIによって解析され、異常箇所の客観的かつ定量的な評価が行われます。こうした技術は、建設コンサルタントが計画段階から維持管理まで一貫して関わる際にも大きな力を発揮しています。
メリット
客観的かつ定量的な評価
高解像度の画像データから、ひび割れの幅や長さ、剥離や腐食の面積といった情報を数値として定量化 できます。これにより、点検結果が技術者の経験や主観に左右されることなく、一定の品質で評価されるのが大きな強みです。
網羅的な記録と経年変化の追跡
異常の有無にかかわらず構造物全体を撮影・記録できるため、将来的な経年変化の比較や履歴管理が容易になります。このデータを活用し長期的な維持管理計画の立案や劣化予測に役立てることができます。
3Dモデル化による立体的把握
SfM(Structure from Motion)技術などを活用して、複雑な構造物を3Dモデルで再現でき、全体の変形や歪みの分析も可能です。
安全性の向上と作業効率化
作業員が高所や危険箇所に直接立ち入る必要がなく、足場設置や高所作業車も不要。これにより安全リスクが低減するとともに、撮影作業自体も短時間で終了し、点検効率が飛躍的に向上します。
複数専門家による情報共有
撮影データはデジタルで共有できるため、専門家が遠隔地からでも同じデータをもとに議論・評価でき、多角的な視点からの診断が実現します。
AIによる微細異常の検出
AI解析技術の進展により、人の目では見逃しやすい微細なひび割れや劣化パターンも検出可能。これにより、 点検の精度とスピードの両立が期待されています。
デメリット
速報性の不足
画像の撮影後、解析や異常判定に時間がかかるため、即時対応が必要な緊急事態には向いていません。
高い初期投資と運用コスト
高性能カメラ搭載ドローンや解析ソフト、データ保管のためのシステム導入・維持費用がかかります。
天候・環境条件に依存
強風や雨、照度不足、夜間など悪条件では飛行や撮影が困難で、データ品質が低下する恐れがあります。
解析の専門知識が必要
AI解析の結果を正しく評価し判断するには、高度な知識を持つ人材が欠かせません。
こうした課題を解決するため、技術進化や法整備が進んでいます。
インフラ分野別の活用事例と課題
実際にドローン点検がどのようにインフラ管理に活用されているか、主要な分野ごとに見ていきます。
橋梁点検
法規制と点検体制
道路法に基づき、国土交通省や地方自治体が5年ごとに定期点検を実施。ドローンは橋梁点検車やロープアクセスによる「近接目視」や「触診」の補助、場合によっては代替手段として導入されています。
画像解析の活用状況
可視光カメラによりコンクリート表面のひび割れや、剥離を撮影。AIによる自動検出の研究も進み、検出精度は徐々に向上しています。
課題
複雑な構造や照度条件の変化に強い撮影、解析手法はまだ発展途上で、最終診断は有資格者が行う必要があります。これらもドローン制御ソフトの進化とカメラセンサーの技術改良により改善の見込みがあります。
ダム点検
管理と点検基準
河川法の下で国土交通省や水資源機構、電力会社等が維持管理。年次点検や数年に一度の詳細調査でドローンが巡視の効率化や事前調査に使われています。
技術面
3Dモデル作成やオルソ画像で壁面や斜面のひび割れ、漏水、変形などを把握。高解像度カメラによる詳細撮影が重要です。
課題
堤体撮影時の離隔管理や解析精度の向上が求められています。
ソーラーパネル点検
規制と保守管理
電気事業法とFIT制度のもと、安全かつ効率的な発電維持が求められています。
ドローン活用
赤外線カメラで異常発熱(ホットスポット)を検出し、可視光で破損や汚れ、鳥の糞害も撮影。
課題
ホットスポット判定基準や解析ソフトの精度に統一基準がなく、メーカーごとに特性が異なるため汎用的な対応が難しい点があります。日照条件にも左右されて充分な発電量がないと正確な検出が難しいです。
風力発電点検
点検の重要性
ブレードの高所点検は足場設置が困難で危険を伴うため、ドローンが特に有効です。
解析内容
ひび割れ、剥離、腐食、落雷による損傷などを可視光カメラで撮影し検出する。非破壊検査技術と組み合わせることもあります。
課題
内部損傷の検出が難しいこと、厳しい洋上環境下での安定的なデータ取得が求められています。
点検手法の標準化とAI技術の進化
インフラ点検の効率化と精度向上を図るため、現在日本国内では 制度整備・技術開発・標準化の取り組みが多方面で進められています。こうした流れは、ドローンやAIといった先端技術を社会実装するうえで極めて重要な土台となります。
法規制やガイドラインの策定
国土交通省は近年、「無人航空機の安全な利活用に関する制度整備」や「道路橋定期点検要領(令和元年版)」等において、近接目視を原則としつつ、ドローンを補助的手段として活用する際の留意点を示しています。
また、2022年の航空法改正によりレベル4飛行(有人地帯での補助者なし目視外飛行)が制度化され、その過程でレベル3.5飛行(無人地帯での補助者なし目視外飛行)も整理されるなど、ドローンの運用範囲は拡大しつつあります。これは、将来的な橋梁・トンネル・ダム・河川施設など広域的かつ定期的な点検への活用を視野に入れた制度整備の一環です。
さらに、国総研(国土技術政策総合研究所)や土木学会も、ドローンや画像解析の利活用に関するガイドラインや事例集を公表しており、実務における参考資料として広く参照されています。
技術標準化の推進
AIによる画像解析の社会実装に向けては、「解析結果の信頼性の担保」が不可欠です。これを受けて、国土交通省および産学官の連携により、画像解析ソフトウェアの性能評価指標や、撮影データの記録・保管・共有の標準化(ファイル形式やメタ情報の統一)に関する検討が進められています。
たとえば、国総研は「インフラ維持管理へのICT導入に関する研究」で、画像解析の精度検証や品質評価の指標作成に取り組んでおり、実証プロジェクトで得られたデータをもとに評価の標準化を進めています。
資格制度の整備
2022年には国家資格「一等/二等無人航空機操縦士」が創設され、ドローン操縦技能の統一的な基準が設けられました。これは従来の民間資格(JUIDA、DPA等)と異なり、制度化された資格保有者でなければ特定の飛行ができないという点で重要です。
また、点検分野においては、点検業務に特化した専門資格の創設や、有資格者による最終判断義務の明文化も検討が進んでおり、土木学会では「インフラ点検技術者」のようなスキル認定制度を設けています。
AI解析技術の高度化
AIによるインフラ点検技術は、特に「微細ひび割れ検出」「錆・剥離の面積定量化」「異常パターン分類と劣化予測」の分野で急速に進化しています。
国交省は2020年以降、「AIによる画像診断技術の社会実装に向けた技術検証(点検支援技術性能カタログ)」を通じて民間企業のAI技術の性能を評価・公開しており、一定水準以上の技術に関しては自治体が業務に採用しやすい環境が整いつつあります。
また、鉄道、港湾、上下水道などの他分野にもAI点検技術が広がっており、マルチインフラ対応型のAIプラットフォームの開発も進行中です。
産学官連携による実証実験と技術開発
NEXCO、首都高速、JR東日本などの大手インフラ管理者が、大学・研究機関・AIベンダーと連携し、ドローン×AI×クラウドの統合運用の実証実験を継続的に実施しています。
代表例として
- 東京都・首都高のトンネル点検でAI画像診断の導入実験(2023年)
- 香川県でのダム壁面自動解析の試行(2022年、香川県・NEDO)
- NEXCO中日本による橋梁ひび割れ自動検出AIの精度検証(2021年~)
といった事例があります。これらの実証は、技術成熟度の評価だけでなく、維持管理コストの削減効果や、定期点検との役割分担の最適化といった観点からも重要です。
インフラ点検を支える制度・技術の標準化とAIの高度化は、点検精度の飛躍的な向上、管理コストの削減、インフラの長寿命化に大きく寄与する可能性を秘めています。
今後は、技術進化と制度整備を現場実務にいかに落とし込むかが問われるフェーズに入っています。
技術と人の融合が拓く、次世代のインフラ点検
インフラ点検は長らく、熟練技術者の「目視」「打音」「触診」といった五感を駆使した経験的手法によって支えられてきました。こうした現場力は今もなお重要な要素である一方、近年ではドローンやAI解析技術の登場により、点検の在り方そのものが大きく変わりつつあります。
ドローンを活用すれば、高所や狭所、危険箇所にも安全にアプローチでき、構造物全体の状態を短時間で網羅的に撮影することが可能です。さらに、画像解析やAI技術を組み合わせることで、異常の定量的な評価や過去データとの比較が可能となり、点検の「見える化」と「再現性」が大きく高まりました。これにより、インフラ管理は属人的な対応から、データに基づく客観的で継続的な維持管理へと変わりつつあります。
そのような変化の中で、私たちドローン点検事業者もまた、新たな役割を担っています。
単なる撮影代行ではなく、現場環境に応じた最適な飛行・撮影計画の立案から、3Dモデル生成、画像解析支援、点検報告書の作成補助に至るまで私たちは点検プロセス全体を俯瞰しながら、インフラ維持管理の現場に深く関わっています。
「現場を知る目」と「技術を使いこなす力」をあわせ持つ立場として、関係機関・技術者の皆さまと連携しながら、より安全で効率的な点検の実現に貢献したいと考えています。
もちろん、どれだけ技術が進歩しても、異常の背景にある構造的要因や緊急性の見極めといった判断には、熟練技術者の総合的な知見が不可欠です。だからこそ、これからの点検は「人と技術の融合」が鍵になります。
私たち自身も進化し続けながら、点検の未来を支える一翼として、インフラの安全と持続性に貢献していきます。
